先月末から、WikiLeaksが米民間調査会社ストラトフォーの電子メールの暴露を開始した。「影のCIA」とも呼ばれ、企業のみならず米国政府機関も調査を依頼していた企業らしい。
ただ、この調査会社に対して大企業が市民活動家の監視を依頼していた、みたいなネタだとあまり興味が沸かない。
ところが、今回の暴露資料の提供元とも言われるハックティビズム集団Anonymous、その系列の一つと思われるTwitterアカウントが気になるツイートをしていた。
anonops
AnonOps#GIFiles: Bin Laden emails claim his corpse was flown to US before dumped at sea >> http://t.co/T7ZgsUsq
(2012/03/03 08:25:29)link
- 【(モザイクあるけど)グロ写真注意w】AnonOps Communications: #GIFiles: Bin Laden emails claim his corpse was flown to US before dumped at sea
え!?ビン・ラディンの死体が水葬される前に、米国に空輸されていたって!?そいつはビックリ情報だ!
確かに、ウィキリークスのサイトを調べると、ストラトフォー社の副社長が送信した「死体は、デラウェア州ドーバー行き、CIAの飛行機で」という件名の電子メールが公開されていた。
しかし、このメールはどのような文脈で出されたメールなのだろう。実はこのメール、ビン・ラディン殺害が報道された翌朝早朝にストラトフォー社の副社長が連投した一連のメールの一通に過ぎない。Twitterの連投ツイートの中の一つのツイートだけを切り出すと誤読するように、このメールの扱いも注意が必要だと思う。
■即日に水葬されたと報道されたビン・ラディンの死体
殺害されたビン・ラディンは、米国の東部夏時間 (EDT)で2011年5月2日早朝の午前1時過ぎから約50分かけて水葬されたと言われている。
5月1日の殺害直後に死体を海中に投じたことで、ビン・ラディンを殺害した証拠である死体が早々に消されてしまったことになる。したがってその後、やはり「陰謀論」が囁かれることになる。
- ビンラディン容疑者の死に「陰謀説」続々、水葬も議論の的 | Reuters
- ビンラディン容疑者殺害、パキスタンに広がる陰謀論 国際ニュース : AFPBB News
- スパイ&テロ ビンラディンは生きている?
そこに、「いや、実はビン・ラディンの死体は米国本土へ空輸したんだよ」という新ネタが出て来たワケだ。
■「死体は空輸」と語るス社副社長バートン氏とは何者か
はたして一民間調査会社の副社長が、世間で報道されている情報とは大きく異なる国家機密とも言える「ビン・ラディンの死体は米国に空輸された」という情報を知りえる立場だったのだろうか?
実はこのストラトフォー社の副社長であるフレッド・バートン(Fred Burton)氏、対テロ専門家として米国政府のエージェントであった経歴があるそうだ。
Burton, a former federal agent with the U.S. Diplomatic Security Services, had reason to trust his information. He often boasted of his stellar government sources ("CIA cronies," he called them in another email), and in his role as a government counter-terror agent he had worked on some of the most high-profile terrorism cases of recent years, including the arrest of the first World Trade Center bomber, Ramzi Yousef. As the VP of Texas-based Stratfor Global Intelligence, a private firm that contracts with corporations and several government agencies, like the Department of Homeland Security, to collect and analyze intelligence on political situations around the world, it was part of his job to keep those contacts alive and share inside information with analysts at the company.
(【訳】バートン氏、彼は米国の外交保安サービスに所属していた元連邦捜査官なのだが、彼の情報には信頼するに足る理由があった。彼はしばしば、非常に素晴らしい政府筋(「CIAの仲間たち、」と、彼らのことを別の電子メールでそう呼んでいる)や、政府の対テロ・エージェントの立場から、最初の世界貿易センター爆破事件 とラムジ・ユセフ の逮捕を含む、ここ数年間で最も知名度のあるテロ事件の数々に携わってきたことを自慢してきた。テキサス州に拠点を置き、世界中の政治情勢に関するインテリジェンスを収集し分析することを数々の企業や国土安全保障省のような数々の政府機関と契約を結んでいる民間企業であるストラトフォー・グローバル・インテリジェンス社の副社長としては、それらの情報源との連絡を絶やさず、そして内部情報を社内で共有することは仕事の一部なのだ。)
確かに、彼は報道が伝えない政府の機密情報を知る手段を持っているのかもしれない。
■2011年5月2日早朝にバートン副社長が送信した一連の電子メール
実際、ビン・ラディンが水葬された日の早朝にバートン副社長が投稿した一連の電子メールを見てみよう。
この一連のメールは、ウィキリークスのサイト上で先月2012年2月29日に公開されている。
ビン・ラディン関連の一連のメールを、バートン氏(burton@stratfor.com)はメーリングリスト「alpha」(alpha@stratfor.com)宛に出している。メーリングリスト「alpha」は、ストラトフォー社の分析官や上層部が収集した情報について分析・議論する場のようだ。
alpha@stratfor.com Discussions circulated exclusively among analysts, writers and higher-ups, including ’insights’ and discussions about sources and source meetings.
さて、5月2日早朝にバートン氏が送信したビン・ラディン関連のメールは、ウィキリークスが公開した限りでは、米国中部夏時間(CDT)の2011年5月2日早朝5時12分から始まる。
- 【送信日時】2011-05-02 05:12:09
- 【件名】Killed by Ground Branch(【訳】地上部隊が殺った)
- 【本文】CIA
http://wikileaks.org/gifiles/docs/1094301_-alpha-killed-by-ground-branch-.html
ここから数分間隔でメールが連投される。
- 【送信日時】2011-05-02 05:22:49
- 【件名】Blowback(【訳者注釈】CIA用語。工作活動が引き起こす報復攻撃など想定外の反応)
- 【本文】FBI sees retaliation attacks in CONUS(【訳】FBIは、米国本土で報復攻撃があると予測している)
http://wikileaks.org/gifiles/docs/1094301_-alpha-killed-by-ground-branch-.html
- 【送信日時】2011-05-02 05:26:15
- 【件名】OBL(【訳者注釈】OBL=オサマ・ビン・ラディン)
- 【本文】Reportedly, we took the body with us. Thank goodness.(【訳】伝え聞く所では、死体を運ぶようだ。神に感謝)
http://wikileaks.org/gifiles/docs/1094322_-alpha-obl-.html
- 【送信日時】2011-05-02 05:33:15
- 【件名】OBL(【訳者注釈】OBL=オサマ・ビン・ラディン)
- 【本文】We told the Pakis after we killed him. But, will praise GOP publicly. All spin and bullshit.(【訳】我が国は彼を殺した後にパキスタンには伝えた。しかし、共和党は公然と賞賛するだろう。全ては都合よく解釈されるし、でたらめだ)
http://wikileaks.org/gifiles/docs/1092275_-alpha-obl-.html
- 【送信日時】2011-05-02 05:41:24
- 【件名】Body(【訳】死体)
- 【本文】Airborne to CONUS(【訳】米国本土へ空輸)
http://wikileaks.org/gifiles/docs/1102694_-alpha-body-.html
- 【送信日時】2011-05-02 05:51:12
- 【件名】Body bound for Dover, DE on CIA plane(【訳】死体は、デラウェア州ドーバー行き、CIAの飛行機で)
- 【本文】Than onward to the Armed Forces Institute of Pathology in Bethesda.(【訳】ベテスダの軍病理学研究所に向かうよりも)
http://wikileaks.org/gifiles/docs/1102718_-alpha-body-bound-for-dover-de-on-cia-plane-.html
このように、何の根拠も示さず、唐突に「ビン・ラディンの遺体は米国本土に空輸」という話が出てくる。
■バートン副社長が、ビン・ラディンの水葬を信じられない理由とは?
しかし、それから数十分後にバートン氏が送信したメールでは、ビン・ラディンが水葬された事に触れている。
- 【送信日時】2011-05-02 06:26:07
- 【件名】OBL's corpse(【訳】オサマ・ビン・ラディンの死体)
- 【本文】
If body dumped at sea, which I doubt, the touch is very Adolph Eichman like. The Tribe did the same thing with the Nazi's ashes.
We would want to photograph, DNA, fingerprint, etc.
His body is a crime scene and I don't see the FBI nor DOJ letting that happen.
(【訳】
もし死体が海に投棄されたのなら、私は疑問に思っているが、これは非常にアドルフ・アイヒマン に似た感触だ。連中はナチ戦犯の遺灰(【訳者註】ユダヤ人虐殺に関与したナチスSS将校のアイヒマンは死刑後、その遺灰は地中海に散骨された)と同じ事をやったのだ。
我々は、写真、DNA、指紋etc を欲している。
彼の死体は犯行現場だ。FBIも司法省も死体を海に投棄するなんてさせない、と私は思う。
)
http://wikileaks.org/gifiles/docs/1097638_re-obl-s-corpse-.html
このメールに対して、約10分後にストラトフォー社の社長ジョージ・フリードマン(George Friedman)氏が返信している。
- 【送信日時】2011-05-02 06:35
- 【本文】
Eichmann was seen alive for many months on trial before being sentenced to death and executed. No one wanted a monument to him so they cremated him. But i dont know anyone who claimed he wasnt eicjhman. No comparison with suddenly burying him at sea without any chance to view him which i doubt happened.
(【訳】
アイヒマンは死刑が宣告されて刑が執行されるまで、審理により数ヶ月間生きていたようだ。彼の記念碑を必要とする者はいない。だから彼は焼却された。しかし、彼はアイヒマンではないと主張した人のことなんて聞いたことがない。彼を見る機会がなければ彼が海に水葬されたか確認できないとは、私は思わない。
)
http://wikileaks.org/gifiles/docs/1097638_re-obl-s-corpse-.html
この返信に対して、数時間後にバートン副社長は本文が一行だけの短いメールを返している。
- 【送信日時】2011-05-02 13:36:41
- 【件名】Re: OBL's corpse
- 【本文】Body is Dover bound, should be here by now.(【訳】死体はドーバー行きだ。今頃、もうここへ届くはずだ。)
http://wikileaks.org/gifiles/docs/1097638_re-obl-s-corpse-.html
そしてさらに数時間後、バートン副社長はメールを送信している。
- 【送信日時】2011-05-02 15:11:03
- 【件名】FBI (more) on Body(【訳】FBIは(もっと)死体に)
- 【本文】
Down & dirty done, He already sleeps with the fish....
** Fred's Note: Although I don't really give a rats ass, it seems to me that by dropping the corpse in the ocean, the body will come back to haunt us....gotta be violating some sort of obscure heathen religious rule that will inflame islam? I was sleeping thru that class at Langley.
The US Govt needs to make body pics available like the MX's do, with OBL's pants pulled down, to shout down the lunatics like Alex Jones and Glenn Beck.
(【訳】
ガッカリ&ヒドイ話だ。彼は既に魚と共に眠っている……**フェドのメモ:
私は少しも気にしないが、遺体を海に放り落とすことで死体が我々の前に化けて出るんじゃないかと思う…ある種の曖昧な異教の宗教上の規則を破りイスラム教徒を煽ることになる…だったかな?私はラングレーでのあの授業中は寝ていたからね。合衆国政府は死体写真が利用できることを必要としている。メキシコのように、オサマ・ビン・ラディンのズボンを引きずり下ろし、アレックス・ジョーンズやグレン・ベックら狂人どもを黙らせるために。
)
http://wikileaks.org/gifiles/docs/1666377_fbi-more-on-body-.html
「メキシコのように」というのは、当時のニュースで話題になっていたメキシコにおける麻薬抗争絡みと思われる他殺体が大量に発見された件を指すのだろう。裸の死体も多く見つかったらしい。
その手の事件報道で公開される残虐な死体写真のようにビン・ラディンの死体写真を発表すれば、TVのトークショーで様々な陰謀論を唱える保守派の"論客"たちを黙らせることができるのに、とバートン副社長は愚痴をこぼしているワケだ。
たしかに、バートン副社長はビン・ラディンが水葬されるなど信じられないと主張してきた。
しかし、一連のメールを最後まで読めば分るように、バートン副社長は彼の人脈から得た極秘情報に基づいてビン・ラディンが水葬された事に疑問を呈しているのではない。ビン・ラディンを水葬したという政府の判断に対して、自分だったらそういう選択はしないと疑問の声を挙げているのだ。
■バートン副社長が「死体はドーバー行き」と繰り返したのは何故か?
気になるのは、バートン副社長が繰り返し、「死体はデラウェア州ドーバー行き」と語っていたことだ。
既に述べたように、一連のメールでバートン副社長が語っているのは「私がつかんだ内部情報によればこうだ」という話ではなく、「私が思うにこうあるべきだ」という話のようだ。だとすれば、「死体はドーバー行き」という一文を意訳すれば、「ビン・ラディンの死体はデラウェア州ドーバーに送るべきだ」「ベテスダの軍病理学研究所に送って解剖するより先にまずドーバーに送るべきだ」という話になる。
なぜ、ビン・ラディンの死体をデラウェア州ドーバーに空輸すべきだとバートン副社長は語ったのか?デラウェア州ドーバーには何があるのか?
恐らく、このデラウェア州ドーバーとは、ドーバー空軍基地を指すのだろう。
ドーバー空軍基地は、イラクやアフガニスタンの地で戦死した米国兵士の遺体を安置する場所だ。
米軍要員の遺体安置所となっているデラウェア(Delaware)州のドーバー空軍基地(Dover Air Force Base)
まずそこにビン・ラディンの死体を送るべきだ、とバートン副社長は繰り返し主張したワケだ。
KenjiTsukagoshi
塚越健司ストラトフォー側は、ビンラディンの遺体は水葬ではなく軍施設に運ばれたと信じているという内容。なので事の真相はわからず。 “LEAKED STRATFOR EMAILS: Analysts Didn't Believe … http://t.co/gXtUx33Y #wl_jp
(2012/03/03 16:10:19)link
mametanuki
まめ狸@KenjiTsukagoshi ス社副社長の2通の返信は、「ベテスダの軍病理学研究所で解剖するより先に…」「おい、水葬しちまったのかよ!ビンラディンの死体はドーバー空軍基地に送って対テロ戦争の英霊たちに拝ませてやるのが筋だろ!」的愛国ジョークでは? と妄想 #wl_jp
(2012/03/03 18:03:16)link
■報道資料、史料としての「ストラトフォー社内電子メール暴露」の価値は?
このようにウィキリークスが大量暴露したストラトフォー社内電子メールを実際に読み、自分なりに分析してみた。思ったのは、この電子メールを使って何か真実を導き出すのは、一昨年にウィキリークスが暴露した米国外交秘密公電を利用するよりも、恐らく困難な作業になるということだ。
米国外交公電は、いちおう報告書としての体裁が整えられ、それなりの情報品質が保証されている。文書として完結している。したがって比較的に読みやすい。一方、今回暴露されたストラトフォー社内電子メールはそうではない。Twitterのツイートみたいな短文もある。真面目な分析、報告もあれば、今回のバートン副社長の一連のメールのように、単なる感情の吐露に過ぎないレベルのものもある。一通一通のメールだけを読んでは意味が分らない場合もある。今回のように、ウィキリークスがサイト上でバラバラに公開している複数のメールを一つ一つ拾って時系列に並べ、文脈をつなげないれば、内容を判断できない場合もある。
ハッキングという不正な手段で入手した内部資料を公開したウィキリークスの今回の行為を正当化するだけの不正の"一枚絵"を、この膨大な数のジグソーパズルのピースから組み上げることは、はたしてできるのか?私は非常に難しいと感じた。どんな"絵"が組み上げられるのかもまだ分らないし、そもそも500万個のピースの中に"一枚絵"を組み上げるに十分なピースが揃っているかどうかすら分らないのだから。
mametanuki
まめ狸旧来の内部告発と違ってメガリークって無差別空爆なんだよね。膨大な資料の中に何か不正の証拠があるはず、きっと。コラテラル・ダメージも上等!みたいな #wl_jp / “Twitter / deepthroat: 新たな暴露はなかった・・…” http://t.co/bcUsvnaY
(2012/02/27 22:47:54)link
mametanuki
まめ狸内部からの告発と、外部からの情報窃盗は違う。マニング上等兵容疑の一連のリークも、ヘリ誤爆映像やイラク・アフガン戦争日誌暴露は前者だけど米国公電暴露は後者、と区別すべきような気がする #wl_jp
(2012/02/28 12:10:20)link
mametanuki
まめ狸具体的な犯罪、不正に関する内部情報のリークと、たぶん叩けば何か犯罪、不正の証拠が出てくるであろう個人・組織に関する内部情報のメガ・リークも区別すべき気がする #wl_jp
(2012/02/28 12:10:27)link
mametanuki
まめ狸金儲け目的のゴシップ紙による盗聴取材と、正義を標榜するハッカーによる情報窃盗とを区別できるのか?というのも悩ましい問題。
(2012/02/28 12:10:43)link
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