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そっとチラ裏@はてなブログ

はてな女子みたいなステキなブログが書きたいな!オッサンだけどな!

第一次上海事変で英国からのリーク情報が

 興味深い話。

 NHKドラマ白洲次郎で、次郎の徴兵逃れ場面に登場した辰巳栄一氏。彼が陸軍OB会誌『偕行』で、第一次上海事変で英国からのリーク情報に助けられたエピソードを書いているらしい。

 辰巳栄一陸軍少佐は当時、在英国の陸軍駐在武官補佐官。在ロンドンの駐在武官本間雅晴大佐が、ジュネーブ一般軍縮会議全権委員・松井石根中将に随行するため、急遽、武官代理を務めていた。
 記事で紹介されている、英国陸軍から辰巳栄一氏経由での日本への情報リークは2つ。

  • (1)英国陸軍省の極東課長のドーネー大佐が、1937年の排英運動時の経験談からアドバイス。


 「いま日本軍は上海郊外のクリーク地帯に引っかかって苦戦しているようだが、いかに精鋭な日本軍でもわずか1師団半ではとても強力な蔡廷鍇軍を撃退することはむずかしかろう。さらに思い切って兵力を増加すべきではないか」(『偕行』昭和57年12月号)

●【歴史に消えた参謀】吉田茂と辰巳栄一(8)英国情報が「事変」を変えた (2/4ページ) - MSN産経ニュース

http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/100425/acd1004250821005-n2.htm

  • (2)極東班長のマイルス中佐の部屋で、さりげなく上海付近の日中両軍の部隊配置や戦況が示された地図を見せられる


 それにしても、英国はなぜ辰巳に機密情報を漏らしたのか。ある機関による情報リークには、必ず流す側の利害と意図がからんでいる。受け取る方もまた、相手に不純な動機があると知りながら、自国の利益につながると思えば果敢に取り入れる。辰巳の推理はこうだ。

 「上海始め揚子江沿岸には、英国は莫大な権益を持っているのに、共産軍の排英運動にてこずっている。この際日本軍の手によってこれを撃滅してほしかった。一方日本軍が上海方面に居座られることは反対である。それで一挙に支那軍を撃退して速やかに撤退してほしかった」(前出)

 戦いは英国の注文通りの展開をたどる。増派が成功して5月に上海で停戦協定が成立すると、日本軍は即時撤収した。辰巳が英陸軍省に「日本の上海派遣軍が引き揚げ」を告げると、参謀次長のバーソレミュー中将が「日本軍おめでとう」とスコッチで乾杯した。

 中将の乾杯は自国に対するものだったかもしれない。日本の方は、事変勝利の上に英国の対日批判をそぐことができた。いずれにしても、両国の利害は一致していた。英国メディアも歓迎し、「満州事変は日本にとって死活問題だった」と理解を示す論調に変わった。満州が死活問題とは皮肉な表現である。

●【歴史に消えた参謀】吉田茂と辰巳栄一(8)英国情報が「事変」を変えた (3/4ページ) - MSN産経ニュース

http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/100425/acd1004250821005-n3.htm